『生き物の持ち方大全 プロが教える持つお作法』(松橋利光・神谷圭介/山と渓谷社)。カバー写真の持ち方は「おちょこ持ち」。持たれているのはコーカサスオオカブト。
UPDATE 2010/07/07
あまりのバカバカしさゆえ、逆に「あんたはエライ!」と賛嘆せずにいられない“天才的にバカな本”、略して「天才バカ本」を紹介するこのコーナー。電子書籍がどーした、iPadがこーしたと騒がしいこの2010年に、ウェブのニュースサイトでわざわざ紙の本について書くとは時代錯誤にもほどがある! そんなツッコミは百も承知で、あえてやらせていただきます。
というわけで、オープニングを飾るのは『生き物の持ち方大全』なる本。子供の頃は、カブトムシやセミはもちろん、カマキリやミミズなんかも平気でつかんでいたけれど、大人になった今は、何だか気持ち悪くて触れない。そんなひ弱な大人(私だ!)に、自然との触れ合いの大切さを教えるとともに、童心を思い起こさせてくれる癒し系ネイチャー本……かと思いきや、どうも様子が違うのだ。
序文にいわく、〈近年私たちはペットの多様化などの影響もあり、ますます多種にわたる生き物と接触する機会が増えています〉と、ここまではわかる。が、〈そんな時、持ち方がわからなくて恥をかいたなんて方も少なくないでしょう〉って、そうかあ? 〈たかが持ち方だろと甘く見てはいけません。大ケガすることだってあるのです〉というのはいいとして、〈無責任な飼い主が逃がした危険なペットが世間を騒がせている昨今、実家のベランダにタランチュラなんてこともざらです〉って、めったにないだろ、そんなこと!
でも、この本にはタランチュラの持ち方も、しっかり載ってる。ほかにもヘラクレスオオカブト、トッケイヤモリ、ベルツノガエル、ミニブタ、ダイオウサソリ、ワニガメ、ミズオオトカゲ、サキシマハブなどの持ち方を写真&イラスト入りで解説。セキセイインコやフェレットなど、普通にペットとして飼える動物の持ち方も載ってはいるが、ほとんどは一生持つ機会のなさそうな、ていうか、できれば一生持ちたくないタイプの生き物ばかりなのだ。
つまりは実用というよりジョーク本。帯に〈もてる。〉と大書してあることからもわかるように、いわゆるモテ本=恋愛ハウツー本のパロディ的要素もある。
にしても、生き物の持ち方なんて、そんなにバリエーションあるのか?と普通は思う。が、本書には〈おちょこ持ち〉〈仏手つまみ〉〈エスプレッソホールド〉〈カード払いばさみ〉〈フックオン〉〈棋士かぶり〉〈空き缶つぶし〉〈釈迦ころがし〉といったプロレス技か相撲の決まり手のようなネーミングの持ち方が実に33種類も紹介されているのだった。
たとえばヘラクレスオオカブトには、ツノをつまむ〈コボ耳つまみ〉という持ち方が最適らしい。〈いたずらをした子供の耳をつまむという昭和の新聞4コマではお馴染みのお仕置きアクションから命名されたというのは、あまりに有名な話。別名「カツオ耳つまみ」とも呼ばれています。子供を叱れる大人がいなくなったと嘆かれている現代だからこそ、今一度向き合うべき持ち方なのかもしれません〉なんて解説を読むとまったく信用できない感じがするが、〈大型の甲虫は足に注意しろ!!〉〈胸と腹の関節部分に気をつけろ!!〉などの持ち方に関する注意点には、なるほど納得。そうかと思えば、〈スタイリッシュな持ち方なら、お洒落なシーンにも虫を持ち込むことができます〉と、バーのカウンターでグラス片手にアゲハチョウを指にはさんでる男のイラストがあったりして……。
「そんな奴はいねーよ!」「ありえねーだろ!」と、いちいちツッコむのも面倒なくらいの悪ノリぶりは、巷にあふれるハウツー本へのアンチテーゼとも取れる。しかし、生き物の生態、持ち方そのものに関する情報はたぶん本当。著者の一人が生き物専門の写真家だけあって、根底には生き物への愛があるような気がしなくもないし、いざというとき役に立つことが絶対ないとは言い切れない。
ちなみに、タランチュラの持ち方は、その名も〈地蔵〉。〈後ろからうまく追い立てて、自然に手にのってもらいましょう。のったら刺激を与えてはダメ。即座に攻撃されてしまいます。お地蔵様のごとく、ひたすら耐えてタランチュラの好きにさせましょう〉って、それ、“持ち方”じゃないじゃん!
……とか思いつつ読み進むと、最後の最後に衝撃のどんでん返しが!! 自爆テロのようなオチに開いた口がふさがらないが、それでこそ「天才バカ本」と呼ぶにふさわしい。
これでいいのだ!
新保信長
1964年、大阪生まれ。編集者&ライター。阪神ファン。著書『笑う新聞』『笑う入試問題』『東大生はなぜ「一応、東大です」と言うのか?』『国歌斉唱♪』(河出書房新社)ほか。