『80時間世界一周』(近兼拓史/扶桑社)、定価777円(税込)。LCCの基礎知識を知るのにも役に立つ(かも)。
UPDATE 2012/03/16
海外旅行というものに、まったく興味がない。仕事で仕方なく、アメリカ、ロシア(サハリン)、インド、中国(内モンゴル)に行ったことはあるが、基本的には外国なんか行きたくない。言葉が通じないのがまず嫌だし、飛行機に乗るのもできれば避けたいと思う。
そんな人間から見ると、本書の著者は明らかにどうかしている。近頃話題のLCC(格安航空会社)と大手航空会社のディスカウントチケットを組み合わせ、80日間ならぬ80時間で世界一周してしまおうというんだから、正気の沙汰とは思えない。
〈80時間で地球一周4万㎞を旅するとなると、ジェット機の平均飛行速度を800㎞とすれば最低飛行時間は50時間が必要になる。残り30時間で何カ国訪問できるかだが、入出国の手続きと通関等に約3時間、滞在3時間の計6時間として、最大訪問5カ国というところか……〉って、つまり旅の半分以上が飛行機の中。それはもう旅というより、単なる移動ではないのか。考えただけでもグッタリする。
ところが著者は、その無謀な旅を実行してしまったのだ。茨城空港から春秋航空で中国・上海へ。そこからアエロフロートでロシア・モスクワ、ドイツ・デュッセルドルフ、エアベルリンでスイス・チューリッヒ、アメリカン航空でアメリカ・ニューヨーク、デルタ航空でロサンゼルス、そして日本へ……という5カ国6都市、0泊3日半の超弾丸ツアーである。
わずか2時間の滞在のためにビザを取りに行ったロシア大使館では運び屋と間違われ、あらゆる店が閉まった深夜の駅前を徘徊していたチューリッヒでは警官に職質され、アメリカン航空のカウンターでは不審な乗り継ぎ履歴からテロリストの疑いをかけられる。そんなアクシデントに直面しても、どこか楽しそうな著者の筆致に思わず噴き出す。もっとも、ピンチを楽しむぐらいの神経がなければ、そもそもこんな旅をやってみようとは思わないだろうけど。
各都市での短い滞在時間の間にも、あっちこっちと動いて回り、それなりに旅を満喫する著者。子供の頃から好きだったというネアンデルタール人の博物館や、鉄道オタクの聖地・チューリッヒ中央駅でのはしゃぎぶりは、いい意味で大人げない。ギリギリで空港に戻ってきて、もう搭乗が始まってるのに、いらんおみやげを買って乗り遅れそうになったりと、見てるこっちがハラハラするシーンも多々。旅慣れてる人はそういうものなのかもしれないが、やっぱりどこか一本、神経が抜けているのではなかろうか。
しかし、さすがの著者も狭いLCCの座席に長時間座り続けたのはキツかったようで、〈何だか顔がパンパンにむくんでいて、手のひらも紫色に見える。血行の問題なのか、指先が妙にカユいのだ〉という状態に。〈「健康のため飛行機の乗りすぎに注意しましょう」……いや、「飛行機の乗りすぎは、あなたの健康を害するおそれがあります」といったところか〉って、笑いごとじゃないですから。
まあ、こうして本になってるということは、無事に帰国できたということだが、かなり綱渡りの旅であったことは間違いない。「80時間」という制約の中で駆け足で回ったからこそ発見できたこともある。そういう意味で、本書は確かに冒険記だ。
こんな阿呆な旅をやってのける著者はいったい何者かというと、実はこのウィークリーワールドニュース・ジャパンの編集長なのである。「なんだ、じゃあ、この記事は宣伝かよ!」と思ったアナタ。はい、正解! 最近流行りのステルスマーケティングというやつである。とはいえ、本の中身はすべて事実。世界中から集めたネタをウィークリーワールドニュース・ジャパンに提供しているだけあって、取材で移動する距離は毎年地球2周以上とか。ということは、本書の取材を行った2011年はプラス1周で、地球3周したことになる!? 円広志の歌じゃあるまいし、いくらなんでも飛びすぎ、回りすぎである。
新保信長
1964年、大阪生まれ。編集者&ライター。阪神ファン。著書『笑う新聞』『笑う入試問題』『東大生はなぜ「一応、東大です」と言うのか?』『国歌斉唱♪』ほか。
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