『妄想工作』(乙幡啓子/廣済堂出版/2008年12月9日初版)、定価1260円(税込)。スピン(しおり紐)がムダに2本も付いてるのも著者のアイデアか?
UPDATE 2011/05/16
『大辞泉』によれば、「妄想」とは「根拠もなくあれこれと想像すること」「根拠のないありえない内容であるにもかかわらず確信をもち、事実や論理によって訂正することができない主観的な信念」とある。楽しい妄想、エロい妄想、危険な妄想、中身はいろいろあるにせよ、基本的には頭の中だけで完結し、実現しないのが妄想ってものだ。
しかし、それを妄想で終わらせず、工夫や努力で実現してしまう人が稀にいる。たとえばエジソンだって、「火を使わずに明るくできたら便利だなー」「音楽を保存して好きなときに聞けたらいいよなー」とか考えてただけなら、ただの妄想家にすぎない。そこから実際に電球や蓄音機を作ったからこそ天才と言われているわけだ。
そういう意味では、本書の著者も天才と呼べなくもない。『妄想工作』というタイトルどおり、自分の妄想を実際にカタチにしてしまっているのだから。
ただ、その妄想の中身が天才と紙一重。〈オリンピック級の幅跳びを練習しないでできるようになりたい〉〈グミキャンディを使って豪華なアクセサリーを作りたい〉〈バットがしなるほどのマンガのようなバッティングをしてみたい〉……って、小学4年生の七夕のお願いか! およそ世の中の役に立たないどころか、何の意味があるのかさえわからない。
ていうか、そもそも〈オリンピック級の幅跳びを練習しないでできるようになりたい〉という妄想自体、何のこっちゃって話である。これはつまり運動の苦手な著者が、助走から踏み切り、空中姿勢、着地までを静止ポーズで1枚ずつ写真に撮り、あとで合成して“いかにもカッコよく跳んでいるかのような姿”を連続写真風に再現しようという試み。公園の砂場で、パラパラ漫画のように少しずつ〈跳んでるかのような停止姿勢〉をとり続けるマヌケさたるや、とてもイイ大人がやることとは思えない。
が、完成した写真を見ると、これが結構それっぽく見えるから驚きだ。踏み切りと着地部分は晴れてるのに、真ん中の跳躍部分が曇っているという怪奇現象も、〈すべてのポーズを撮影するのに、およそ3時間かかったからです〉という説明を聞けば納得。って、こんなことを延々3時間もやってたの!? 合成作業にも相当時間がかかっただろうから、コスト・パフォーマンスを考えたらやってられない。このムダな情熱は、いったいどこから出てくるのか。しかも、普通に跳ぶパターンだけじゃなく、カメラ目線バージョン、チラ見バージョンも作ってて、もうアホとしか言いようがない。
手間ということでは、サーモグラフィ柄のセーターを作る回も呆れた。温度の高いところは赤く、低いところは青く見えるサーモグラフィ。それを柄にしたセーターを着たら、暖かそうに見えるんじゃないか……というわけだが、まず表計算ソフトのエクセルで編み図を作るだけで丸2日。そこから6色の毛糸でもって編み始めるも、細かく色分けされているため非常に手間がかかり、3週間以上も〈座りっぱなしで編みっぱなし〉だったという。そこまでして完成した労作だが、結果はビミョー。〈よくよく冷静になって考えたら、ふつうに暖色の毛糸で編めばそりゃ「あったかそう」に見えるだろうし、逆もまた真なり。わざわざサーモグラフィ柄にしなくてもよかったのかもしれない。がーん〉って、読んでるほうも「がーん」ですわ。
ほかにも、黄色い塩ビ板で「キャー」という文字を切り出して“黄色い声”を作ってみたり、グミキャンディで作ったゴージャスなネックレスを着けて写真スタジオで本格的に撮影してみたりと、やりたい放題。一見遊んでるみたいだし、実際、楽しんでやってる部分もあるだろう。が、こういうくだらないネタほど本気でやらないと、見ているほうがシラけてしまうし、やってるほうも逆にツラい。その点、本書の工作は本気である。結果はイマイチなこともあるけれど、砂でボウリングピンを作ろうという思いつきのために、ポリエステル樹脂、硬化剤、雛型剤、液体ラッカー、硬質ウレタン、アセトンを買いそろえるなんて、本気でなければできないし、やらない。
そして、何より注目すべきは、著者の妄想力そのものだ。ハロウィンのカボチャを日本の幽霊顔にしてみるとか、いろんなものに赤いマフラーをつけてカッコよくしてみるとか、常人の斜め上をいく発想に腰がくだける。
電動発泡スチロールカッターやらルーター(細かい溝彫りなどに使う電動工具)やらハンダごてやら、一般的な女性にとってはあまり縁のない道具を駆使して工作する著者の姿には、ある種の萌え要素がなくもない。まあ、だからといって、本書がきっかけで“工作ガール”ブームが来るかというと、そんなことは絶対ないと思うけど。
新保信長
1964年、大阪生まれ。編集者&ライター。阪神ファン。著書『笑う新聞』『笑う入試問題』『東大生はなぜ〈一応、東大です〉と言うのか?』『国歌斉唱♪』ほか。