『笑う英会話』(草下シンヤ・北園大園/彩図社)、定価1000円(税込)。イラストはエモリハルヒコ。
UPDATE 2011/03/20
もう8年前になるが、『笑う入試問題』という本を書いた。作るほうも解くほうも真剣に取り組むはずの入試問題のなかに、どうも妙なのが交じっている。答えようのないテーマを課す小論文、ギャグとしか思えない選択肢問題、出題者の趣味丸出しのカルトQみたいな問題、受験生をおちょくってるかのような問題……。その手の珍問・奇問を集め、ツッコミを入れた本である。
残念ながらあまり売れなかったが(『タモリ倶楽部』のネタにもなったのに……)、例の京大入試カンニング騒動に便乗してツイッターで宣伝したら、アマゾンで1冊か2冊売れたようで、やはり何でも言ってみるものだ。
そんな幻の名著(自画自賛)と似たタイトルの本書。中身のほうもわりと似ていて、裏表紙の紹介文には〈英語の参考書や辞書、ハウツー本に載る例文集。一見何の変哲もない文章ばかりかと思いきや、そこには珠玉の“迷文”の数々が潜んでいた!〉とある。本来マジメであるはずのものに紛れ込むマヌケ事象を拾い出してツッコミを入れるというスタンスは拙著と共通だ。
ページを開くと、いきなり〈私のはげが始まったのは大学時代です〉という例文が目に飛び込んできて、思わず噴いた。『自分のすべてを英語で言える本 基本編』に載ってた例文らしいが、そんなことまで英語で言わんでも……。これに対して〈私のはげが始まったのも大学時代です〉という著者の捨て身のコメントにも泣き笑い。
1ページに日本語の例文ひとつと英語訳、それにイラストと著者の一言コメントが添えられたシンプルな構成。読み物というより小ネタ集といった感じだが、次から次へと繰り出されるネタ=例文が地味に可笑しく、ツッコミ心を刺激するのだ。
たとえば、こんな具合である。
〈ブレーキが利かなくなったかもしれない〉って、冷静に言ってる場合か!
〈10個中9個は欠陥商品でした〉って、そんな会社5秒でつぶれるわ!
〈あの半分死にかけてやせこけた犬を見てごらん〉って、見てないで助けてやれよ!
〈妻が台所で酒を飲むのをやめてくれたらなあ〉〈どうすれば妻をオーガスムに達してやることができますか?〉って、知らんがな……。
さらには、〈ジョンは元を取るためにそのレンタルDVDを繰り返し繰り返し見た〉〈トライアスロンに買い物用の自転車で出ようと思うんだ〉なんてアホ丸出しな例文も登場。〈刀を持ったやくざが、昔私の家に住んでいた〉〈彼は眠っているゴリラを悩まし続けた〉とは、いったいどんなシチュエーションなのか。
出典と併せて見ると味わいが増すネタもあって、〈この本を盗んでいくよ〉は『日常生活でネイティブがよく使う英語表現』掲載の例文。アチラでは本の万引きはそんなに日常的なことなのか。同様に『CD3枚付 よく使う話しことばの英単語』からは〈アメリカでは、初めてセックスをするのは何歳ですか?〉なんて例文が。いくら性に対してあけっぴろげなアメリカ人でも、面と向かってこんなこと聞かれたら怒るのでは?
『CD付き 英語 大人の会話集』に載っていたという〈本当は不法滞在なの?〉。こんなことを会話のなかでサラッと聞けたら、そりゃあ大人だ。『海外旅行必携! サバイバル英会話 いざというときに使える表現550』に掲載の〈生ガキにアレルギーがあるのですが、昨晩たくさん食べてしまいました。今日はとても体調が悪いです〉ってのも、確かに「いざというときに使える」かもしれないが、同情はしてもらえないだろう。
とにかく全編、この手の例文がぎっしり。英語を学ぶというマジメな目的で作られたはずの辞書や参考書に、なぜこんなマヌケな例文が載っているのか?
それは、辞書だろうが参考書だろうが、結局は生身の人間が書いているからだ。別に言いたいこと、伝えたいことがあるわけでもないのに、特定の単語や熟語、慣用句を織り込んだ文章を強引にでも作らねばならないのだから、時にはありえないシチュエーションや「そんな奴はおらへんやろ」((c)大木こだま)的なものが出てくるのも無理はない。
また、客観的であろうとしながら、つい書き手の主観が顔をのぞかせてしまうという側面もある。人間、思いつきもしないことを文章化はできない。つまり、〈私のはげが始まったのは大学時代です〉という例文を考えた人は、きっと若い頃から薄毛に悩んでいたはずで、〈ジョンは元を取るためにそのレンタルDVDを繰り返し繰り返し見た〉と書いた人は、ケチな人に違いないのだ。
……な~んて理屈をこねているから私の本は売れないのかも。その点、本書は、珍妙な例文とトボケたイラスト、毒気の効いたコメントを、ただ楽しめばそれでいい。評判がよかったのか、文庫化されて、さらに第二弾も出ている模様。
いいところに目をつけたなあ、と感心しつつ、正直ちょっと悔しくもある。
新保信長
1964年、大阪生まれ。編集者&ライター。阪神ファン。著書『笑う新聞』『笑う入試問題』『東大生はなぜ〈一応、東大です〉と言うのか?』『国歌斉唱♪』ほか。
彩図社
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