『フクシ伝説 うちのとーちゃんは三冠王だぞ!』(落合福嗣/集英社)、定価1000円(税込)。カバーを外すとフクシ氏と博満氏のドアップ写真が出てくるなど、細かいとこまでサービス満点。そのサービスがうれしいかどうかは別だけど
UPDATE 2011/01/29
もう、このカバー写真からして反則でしょう。見た瞬間にコーヒー噴いちゃった人も多いのでは? 構図としては普通の家族写真なんだけど、写ってる一家のキャラが濃すぎ。今さら説明するまでもないだろうが、向かって左から、中日・落合博満監督、信子夫人、そして息子の福嗣(以下、フクシ)氏である。
フクシ氏といえば、TV番組収録中にテーブルに上がってチンポ丸出しで放尿した、デパートで札束をバラまいて遊んでいた、父・博満氏が巨人に移籍した際、当時背番号6をつけていた篠塚に「その番号、パパにやれよぉー」と迫った……など、知る人ぞ知る“悪童伝説”の持ち主だ。そんな彼が、いつのまにか育ちすぎるほど育って(現在、身長186センチ、体重120キロとか)、こんな本まで出すようになっていたことに、まず驚く。
口絵カラーには、幼少の頃からのフクシ氏の写真がズラリ。入学式の看板の前で仁王立ちするふてぶてしい面構えは“戦後の闇相場師”級の威圧感だが、2~3歳頃と思しき写真が妙に可愛いのにも驚きだ。
さらに驚くべきは、フクシ氏の類稀なるボケキャラぶり。本書は、数あるフクシ伝説の真相や記者が繰り出すさまざまなお題について、フクシ氏自身が語っていく形式だが、その回答がいちいち気が利いているのである。
たとえば尊敬する人を聞かれて、両親に次いで挙げた名前が画家のラッセン。そこでその名前が出てくるだけでも非凡だが、〈彼の描くイルカ、かなりヤバイよね!〉とは、凡人にはなかなか言えないセリフである。好きな言葉は〈いつまでもあると思うな親と金〉。これもフクシ氏が言うと、そうだよねーとうなずくしかない。
もともと『週刊プレイボーイ』で連載していたコラム「落合福嗣の腹式呼吸」からの抜粋が中心となっているが、〈勇気を出して初めての銀行ATM〉という回では、〈これまで一度も銀行のATMでお金をおろした経験がない〉というフクシ氏が初めてATMでお金をおろす模様を実況中継。暗証番号がすぐに思い出せなかったりしながらも、見事ミッション成功したフクシ氏は、記者のヒーローインタビューに答えて、〈最初はもっと手こずるかと思ったんですが、やってみると意外と簡単でしたね〉〈とにかく、お金を引き出すことだけに集中しようと思いました〉〈今までATM代わりだった両親にも「もうそんなにお金をおいていかなくても大丈夫だからね」って伝えたいですね〉と得意満面。
もちろん、これをフクシ氏本人が書いているわけではないだろう。本書におけるフクシ氏は、著者というより、ネタにされているだけだ。そのネタを「ここまでやったら失礼じゃない?」という大人の配慮を打ち捨てて、いい意味で悪ノリして料理した編集者の蛮勇が、本書の破壊力を生んでいる。
が、その一方で、これだけイジられても平気な顔で道化に徹するフクシ氏は、やはりすごいと言わねばなるまい。金正男に似てると言われても、〈昔はむしろ金正日のほうに似てるって言われたんだよね。(略)でも、やっぱり正男よりかは正日に似てるって言われたほうがうれしいよ。だって正日のほうがビッグだから〉と答えるフクシ氏。物理的にデカいだけじゃなく、もしかしたら本当に大物なのかも……!?
しかし、もっとすごいのが、父・博満氏である。いや、野球ですごいのは当然だが、本書の中でもフクシ氏との対談や、信子夫人も加えての「落合家に訊け!」という人生相談コーナーなどに、しれっと登場しているのだ。そこでの発言が、まさにオレ流。
早漏に悩む男にフクシ氏が〈前戯で頑張ってみれば?〉と言うと〈いや、前戯じゃなく回数で頑張れ!〉。彼女が自分の親友と浮気してたという男に〈イイじゃないの、別に〉。それに対しフクシ氏が〈とーちゃんは許せるの?〉と聞くと、〈人のことだから言えるんだよ! しょせん他人事だ!!〉と言い放つ。
極めつきは、彼女がブスで恥ずかしいという男に〈「オレが捨てたら、こんなブスは誰も拾わない」と心配しているのかもしれないが、世の中には「物好き」ってのがいるから大丈夫だ〉って、落合監督が言うと説得力ありすぎ。ホントに言ったかどうかは別にして、社会的立場のある落合監督が、これらを自分の発言として本に載せることをOKするのがすごいのだ。「この親にして、この子あり」とは、よく言ったものである。
ちなみに、〈フクシ氏は自分がナニ者だと思ってるの?〉という問いに、フクシ氏は〈週プレではコラムやってんだから、そりゃあ今はコラマーでしょ〉と答えている。で、〈それ言うならコラムニストだから(笑)〉と記者にツッコまれていたフクシ氏だが、実は昨年12月10日付の朝日新聞東京朝刊のオピニオン欄「私の視点」というコーナーに「コラムニスト」の肩書で寄稿していた。題して〈嫌われてもオレ流 父の寡黙な仕事を愛する〉って、それオピニオンじゃないから! 「ぼくのお父さん」って作文だから!
載せた朝日新聞もどうかと思うけど、やっぱタダ者じゃないわ、フクシ氏……。
『フクシ伝説 うちのとーちゃんは三冠王だぞ!』(落合福嗣/集英社)
新保信長
1964年、大阪生まれ。編集者&ライター。阪神ファン。著書『笑う新聞』『笑う入試問題』『東大生はなぜ〈一応、東大です〉と言うのか?』『国歌斉唱♪』ほか。