世界最小額紙幣の0ルピー札。さすが0を発明した国の発想!とほめたいところだが、その背景には複雑な社会形態が在った。
UPDATE 2011/01/25
インド・チェンナイ
子供の頃、世界各国の様々なコインを集めることに熱中した経験の在る方は多いと思う。その国々の文化や歴史を表すコインや紙幣は、ただ眺めるだけでも楽しく、一時の旅情を味わわせてくれる。さて、そんな懐かしい記憶をたどって行くと、各国の最小額のコインが、よく懸賞の景品になっていた事を思い出します。日本円に換算して、ほんの数円の価値しかない硬貨が、妙に嬉しかったのは海外旅行が子供にとっては宇宙旅行程の距離感で感じられたからでしょう。1円玉、1ペニー、1セント、そういえば80年代の韓国では1ウォン硬貨がアルミのものと黄銅のものが混在していた様な気がします。
これら低額硬貨や紙幣程、使える原価も当然少なく、各国共に工夫がこらされていて面白いものでした。貧しい国では割にあわない低額硬貨は発行されず、紙幣が使われる事も多々在るのも最もな話でしょう。
ところで、子供の頃から気になっていたのが、一番高額なお金と、一番低額なお金とはなんだろう?という疑問。現在額面で世界最高なのはジンバブエの1000億ジンバブエドル札、では最低の額面のお札はというと、なんと、インドの0ルピー札。ただし、この両札、どちらも幸せな運命を持ち合わせてはいないようです。
先ずはジンバブエの1000億ジンバブエドル札。これほど天文学的な額面が存在する事からお察しがつくように、永きにわたる独裁政権の影響で国内経済はインフレの極地。年間インフレ率2億パーセント以上となれば、「1000億ドル札でも足りないくらい」といわれるのも当然かも。
現在も海外メディアに対する取材報道規制が厳しく、現状は推測の域をでませんが、漏れ聞くだけでも、失業率94%、国民10人中7人が飢餓に苦しんでいるといわれています。
逆にインドの0ルピー札、実はこれ、政府が発行したお札では在りませんしかし、ここで「なんだ、偽物かジョークの話か!」と考えるのも、少し違うかも知れません。
50ルピー紙幣そっくりにデザインされたこの0ルピー紙幣は、インドの慈善団体「5th Pillar」が、賄賂撲滅キャンペーンの一環として監修、発行した「抗議の紙幣」なのです。
つまり歴史上はじめての「0」という額面の紙幣の発行は、「さすが世界ではじめて0を発見した国」と手放しに拍手する状況のものではないようです。
WWN取材班は、この世界初の価値も無い不思議なお札の真意を求めてインドに行ってみました。
現在インドには世界屈指の億万長者が何人も住んでいます。その1方で、月収1000ルピー(約2000円)以下の生活をおくる人が数億人いるといわれています。この圧倒的な格差社会の中で、低所得者層は、さらなる不遇を受けることになっています。
日本では「賄賂」というと、一部利権者の間の非公式な行為と思われていますが、貧しい国では給料自体が少ない為に、賄賂で生活を成り立たせるという現状も珍しくないのです。自分が食べて行く為には、より賄賂を多く渡す人を優先して優遇するしかないという社会慣習は、私たちが単純に是非を判断できる状況では在りません。根底には「持っている者が、持たざる者に与えるのは当然」という理念が在ります。
実際、我々外国人がインドの世界遺産などを見学しようとすると、地元住民は入場料10ルピーですが、外国人は25倍の250ルピーを支払う事になります。ただ、ここまでは共感できるのですが、一旦入場して写真を撮ろうとすると途端に各所で警官から賄賂を求められます。やはり、現状は「貧者救済」の理想とはほど遠いものでしょう。
さて、ここでなぜ0ルピーのお札が必要なのかという点です。インドでは、出生登録や運転免許証等の行政サービスの窓口でさえ、公然と賄賂を求められます。実際取材班も、公共施設で、たった写真1枚撮る為にも、何度も賄賂を要求されました。弱者に対する賄賂要求は、より容赦ないでしょう。これらの風習が、より貧困層の生活を圧迫しているのは間違い在りません。
この賄賂社会からの脱却を旗印に制作されたのが0ルピー紙幣なのです。実際社会的弱者である貧困層が、この0ルピー札を権力者に対して行使することは非常に勇気のいることでしょう。それでも、この0ルピー札、需要に供給が追いつかず、ウェブでダウンロードした紙幣をプリントアウトして配るボランティア運動も起こっています。
月収2000円以下の人々にとってパソコンもプリンターも縁のない高額機材だと思うと、プリントアウトした1ルピーの価値も無い紙幣に群がる大人気ぶりも納得です。
さて、1000億ドル紙幣を発行しなければいけない国も、0ルピーを発行しないといけない国も、どちらも背景は幸せとは思えないものでした。やはりお金はありすぎても無さすぎてもダメだということでしょうか。お金とは本当に不便な道具だと思ってしまいます。
とはいえ、無くしてしまうこともできない。となると、どうにかこの不便な道具とつき合って行くしかないということでしょうか…。Love&Peace!
旬報社
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