『ROCK!ジャケ弁スタイル』(オバッチ&Beat Sound編集部/ステレオサウンド)、定価1500円(税込)。表紙のジャケ弁はレッド・ホット・チリ・ペッパーズの『ブラッド・シュガー・セックス・マジック』。
UPDATE 2010/12/04
中学高校時代は、基本的に弁当持参で通学していた。学園マンガとかでは、彼女が可愛い弁当を作ってきてくれたり、仲良しグループで机をくっつけて食べたりするシーンをよく見るが、なにぶん男子校だったので各自ただガツガツと食うのみであった。弁当の中身も質実剛健というか、「ごはんと唐揚げ、以上!」みたいな感じで彩りもへったくれもなし。フリーダムな学校だったこともあり、教室にキャンプ用の携帯コンロを持ち込み、インスタントラーメンを作って食す剛の者もいたほどだ。
そんな状況だから、近頃流行りのキャラ弁なんてものは、もちろん存在しなかった。ていうか、幼稚園や小学生ならいざ知らず、中学高校にもなってキャラ弁なんて作られた日には、迷惑以外の何物でもない。女子ならまだしも、男子だったら恥ずかしくて弁当箱のフタを開けられないだろう。
しかし、本書に登場するような弁当なら、むしろみんなに見せびらかしたくなるかもしれない。キャラ弁の一種には違いないが、そこに描かれているのはパンダやピカチュウではなく、ジミ・ヘンドリックスやビョーク。そう、ロックの名盤のジャケットを弁当で再現した、その名も「ジャケ弁」なのである。
実際どんなものか、言葉で説明するのは非常に無理があるのだが、たとえばオレンジのフィルターがかかったような粒子の粗いジミ・ヘンドリックスの横顔の写真がデザインされた『エレクトリック・レディランド』のジャケ弁は、刻んだ卵焼きを混ぜ込んだごはんの上に、赤とオレンジのパプリカで髪の毛と顔を表現。背景の黒い部分には焼き海苔を敷き、ジミヘンの歯には白いごはん粒を配置する。一見すると「ん?」って感じだが、ちょっと遠くから目を細めてみると、これが実物のジャケットそっくりなのだ。
ビョークがグレーっぽいモヘアのセーターを着て口元で手を合わせている写真がジャケットの『デビュー+1』は、白いカマボコをカットして顔と手をかたどっている。髪の毛と目鼻は、刻み海苔と「ごはんですよ」で表現。さらにモヘアセーターは〈とろろ昆布で温もり感を演出〉という凝りようだ。
誰もが一度は見たことがあるだろう、セックス・ピストルズの『勝手にしやがれ』の場合、地の黄色には薄焼き卵を使用。ピンクの帯はハム、その上に乗る文字も薄焼き卵で、アルバムタイトルの黒い文字は焼き海苔である。
とにかく、どのジャケ弁も驚くべき再現性の高さ。いや、正直に言うとイマイチな出来のものもあるのだが、それでも「よくこのジャケットを弁当にしようと思ったな……」というチャレンジ精神に感動してしまう。と同時に「なんでこんなアホなことを……」とも思わざるをえないのだが、作者のオバッチさん(普通のOLらしい)は海外のフェスにもよく行くほどのロック好きで、〈飛行機代を捻出したくて節約のためにお弁当を作り始めて……ジャケ弁に辿りついた〉というから筋が通ってる。〈好きな作品のみを作る!〉〈作る時は該当作品を聞く!〉〈ジャケットをよーく見る!〉〈合成着色料は使わない!〉〈音楽への愛情を込める!〉という〈ジャケ弁5ヵ条〉もアッパレだ。
それぞれの作品について、そのアーティストに対する思い入れとジャケ弁作りのポイントが同列で語られているのも妙に可笑しい。通常の弁当作りとは食材の見方、選び方も違っていて、〈ここでは芝生をパセリ、犬を焼きビーフンでいこうと決めるまでに試行錯誤がありましたよ〉〈ごはんですよは箸やスプーンで掬って使うには表現的に限界があって……。絞り袋のお陰で表現力がグンとグレードアップしましたね〉〈nのアルファベットが薄く浮かび上がっているこのジャケットを見た瞬間、「これは生春巻きでイケる」とピンと来たんです〉といったコメントは、もはや弁当の話とは思えない。
こういうのを見ると、昭和の人間としては「食べ物で遊ぶな!」と言いたくなるが、作ったジャケ弁はちゃんと食べているというから立派。たいていの作品が、ごはんの上に海苔とかカマボコとかマッシュポテトとか英字パスタが乗ってるだけなので、味としてはかなり残念な感じだと思うけど、そんなことは気にせず食べてこそロックってもんだ。
個人的にツボにハマったのは、やはりキング・クリムゾンの『クリムゾン・キングの宮殿』。ものすごい形相をした男の顔のドアップが描かれた、あの有名なジャケットを、焼き海苔、カマボコ、ハム、明太子、ごはんですよで再現している。弁当箱のフタを開けてコレが出てきたら、お茶とか噴いちゃうこと確実。世代的に今の中高生は知らないと思うけど、ロック好きの彼氏やダンナがいる方は、ぜひチャレンジしてみていただきたい。それで怒るような男なら、ロック好きを名乗る資格はないだろう。
新保信長
1964年、大阪生まれ。編集者&ライター。阪神ファン。著書『笑う新聞』『笑う入試問題』『東大生はなぜ「一応、東大です」と言うのか?』『国歌斉唱♪』ほか。
ステレオサウンド
売り上げランキング: 471375